手術支援ロボットを知るコラム
ロボット手術の現在過去未来
2023年03月24日
私は、以前より腹腔鏡手術と不妊症を専門としてきました。2006年にブエノスアイレスで行われた国際婦人科内視鏡学会に参加した時に初めて、婦人科領域におけるロボット手術(不妊症の患者さんのために卵管をつなげる手術)の発表を聞きました。一緒に参加していた後輩は、「これやってみましょうよ!」と私に勧めましたが、「体外受精があるのに今更必要ないよ」と答えたのを鮮明に覚えています。その当時、我々の病院には他施設に先駆けて、手術支援ロボット「ダヴィンチ」があったからです。これは日本では4台目にあたるものでしたが、当時実際に稼働できたのはこの1台だけでした。このように貴重な機会に恵まれていたにも関わらず、「手術室に大きくて厄介なものが置かれているな」程度の思いしかありませんでした。今から思えば宝の持ち腐れもいいところです。しかし、転機は2007年に訪れました。子宮がんに対する論文が権威ある医学雑誌に掲載されたことで世界中が注目したのです。私もロボット手術に対する興味が一気に上がり、その後の手術人生がロボット手術一色になったことは言うまでもありません。これ以降婦人科領域においては、米国のみならず世界中でロボット手術が隆盛を極めるようになったことは周知の事実です。ただ、不妊症の患者さんに卵管を繋ぐロボット手術はほとんど行われておらず、私の予想が唯一あたったのは、現在も不妊治療は体外受精が主流である事実のみでした。
本邦では、その後2012年4月から前立腺がんに対する手術支援ロボット「ダヴィンチ」の使用が保険適用となり、患者さんにとって一層身体への負担が少ない治療が可能となりました。当初は外科医の玩具と揶揄されたこともありましたが、その後多領域にわたるロボット手術が保険適用となり、多くの外科医が参加することができるようになって、ロボット手術がその地位を確固たるものにしたことは紛れもない事実であります。新しい手術支援ロボットの参入がこれに拍車をかけていることも要因の一つとして考えられます。今後は、さらに多くの新しい手術支援ロボットの導入が見込まれており、外科手術が根底から変わってくることが推測されます。婦人科領域においても、患者さんに低侵襲で良質な医療を提供するためには間違いなくロボットの力が必要であると思います。将来的には、さらに多くの疾患に対する術式が保険収載されることを切に望んでおります。
ひと昔であれば、視力や足腰など体力面などの衰えを感じ引退する年齢である私も、現在は恵まれた環境において、ロボットからこれまでの経験を十分生かすことができる多くの支援を受け、先見の明のある先輩に恵まれた幸運を噛み締めて、楽しくロボット手術をさせていただいております。
東京国際大堀病院 婦人科
井坂惠一
資料:ロボット手術と子宮がん 井坂惠一著(祥伝社新書)